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中国電力、抜き打ちで原発予定地沖にブイを設置

昨日、中国電力は抗議行動により立ち入りができずにいた田名埠頭とは別の港から灯浮標(ブイ)を搬出し、予定地近くの海上に工事区域を示すブイ2基を設置したと発表しました。設置したのは建設予定地を挟んで北側の取水口側と南側の放水口側のそれぞれ1基。そして中電はこの日、着手届を県に提出し、受理されました。これにより、上関原発建設予定地の埋立てに正式に着手したとみなされることになります。

祝島の人たち、そしてシーカヤックやその他大勢、現地で抗議行動をしている人たち、そして離れていても、この上関原発の行く末をずっと思い続けている人たち、9月10日から一ヶ月近く続いているこの事態に、誰もが緊張が抜けずに疲労が溜ってきているこの時の、この発表は、反対を願ってそこに関わる人たちにどれだけダメージを与えたかしれません。

でもこの27年間反対し続けてきた人たちは、今まで何度落胆し、そして立ち上がり続けてきたのだろうと思います。祝島の人たちは、これからも変わらず反対を続けることを、昨日の集会で確認したそうです。

下記の動画は、地元テレビ局KRYの当日のニュースです。






10/7についてのニュースリンク------------------------------------

■上関原発 埋め立て着手、予定より27日遅れ(YOMIURI ONLINE/九州 読売新聞)
■ブイ設置は熟慮の上での判断(中国新聞)
■中電、海面埋め立て着手 上関原発計画(中国新聞)
■上関原発海の埋め立て着手(KRY山口放送)
■上関原発・中国電力が埋め立て工事着手(tysニュース)



  1. 2009/10/08(木) 16:34:04|
  2. 原発
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他人事ではない自分の事

9月10日より始まった田名埠頭での中国電力によるブイ移送、設置の中止を求める抗議行動は、今も祝島とシーカヤック隊の人を中心に、24時間態勢で続いている。

  < 詳しくは、右記ブログにアクセス下さい → 上関原発最新情報

上関原発建設予定地となっている田ノ浦という小さな湾は、祝島からは目と鼻の先、その距離わずか4キロ先の場所である。自然海岸が2割しか残っていないといわれる瀬戸内海にあって、いまだ手つかずの海岸を残し、そこでは数々の希少生物が育まれている。そしてここは魚が産卵する藻場であり、豊かな漁場なのである。

祝島の人たちにとっては、原発を建設される以前に、この田ノ浦が埋め立てられることは、島で生活を続ける上で死活問題であり、これを何としてでも止めなければいけないという一心で、この27年ひたすら反対運動を続けてきた。島の人にとって、この海は何にも代えることができない、唯一のもの。その何代にもわたって営まれてきた暮らし、海と共に生きてきた誇り、海に生かされてきた感謝の記憶、漁師としての自尊心は、中国電力が提示する補償金などでは決して売ることはできないと、これまで突き返してきた。

今は、10月21日までの設置許可期限まで、仕事も家の生活も投げ打って、力を振り絞っての抗議行動が続いている。この27年間、頑張って反対運動を続けてきた今ここで、踏ん張らないでどうする!そんな島の人たちの声が聞こえてくるような気がする。

9月に私たちスタッフも、この抗議行動に同行させていただいた。そして中電が作業を中止した20日は、祝島小学校と上関小学校•中学校合同の運動会の日だった。祝島小の3人の子どもたちと応援団が清水丸に乗り込み、上関小学校へと向かった。

この運動会は、私がどうしても撮りたいと思っていたものだった。というのも、昨年、ひとりでこの応援団に加わって運動会に参加した時、まさにこれが“祝島人”という姿を目にして、おおいに感動したからだった。

運動場をぐるりと参観者のテントが並んでいるのであるが、祝島のテントだけ、その応援の気合いが全く違う。祝島の人たちときたら、とにかくものすごい声援なのである。島のこどもたちも、そのテントの前にさしかかると、明らかに走るスピードがアップする。いやいや、それだけではない。その応援が向けられるのは、島の子どもたちにだけではないのだ。かけっこの途中に転んでしまう子がいたりしたらもうたいへん、ヤンヤヤンヤの応援。それに応えるようにまた子どもは一生懸命走り始める。その応援団の中にいて、おかしくて笑えるやら、なんだか嬉しくて泣けてくるやら。周りのテントを見渡せば、自分の子どもを必死に応援する親の姿。普通は、それがごくごく当たり前の光景なのだ。

これが私の知る島の人たちの一面だ。決して、自分のことだけではない。自分の子どもだけではない。そして、私が知る祝島の人たちに、“無関心”という言葉はほど遠い。

もちろん、祝島にも様々な人がいる。原発を推進している人もいる。だから「祝島の人はこうだ」とひとつに括ってしまうようなことは決してしてはいけないと思っている。ただ、私の知っているこういう島の人たちが、今の祝島、そして反対運動を引っ張っている、ということは言えると思う。

OL時代のある出来事を思い出す。会社からの帰り道、電車に乗ろうとしたら、なにかトラブルが起きた様子。見れば、少し先の開いているドアから、横たわっている男性の足先がのぞいている。慌ててそのドアに近づいていくと、確かに中年の背広姿の男性が、車中に倒れている。そしてその光景をみて、唖然とした。ラッシュ状態の車内は、誰もなにもせずに、その横たわっている男性を眺めているだけなのである。ホームの遠く先から、駅員が走ってくる姿が見える。素人がヘタにさわっちゃいけないとでも思っているのかもしれないが、とにかくホームに降ろさなければいけないことは一目瞭然である。思わず車内に走り込み、その男性の肩を持って、足を近くの男性に持ってもらって、ホームに移動させた。走り寄ってきた駅員さんにお礼を言われた。

私はムショウに腹が立ってしょうがなかった。どうして、みんな何もしないのかと。目の前に倒れている人がいるのに、せめて腰をかがめて、様子をみようとする人が、なぜひとりもいないのか。

祝島では、こんなことはあり得ない。そして、あのホームに私の知っている祝島の人たちがいたら、一番に手を貸しているだろうと。

「愛の反対は、憎しみではない、無関心である」とは、自由学園在学中によく聞かされたことばである。目の前に起きていること、耳に聴こえてきたこと、そのことに反応するということ。自分の中に起きたその反応に気づくということ。それが、関心の最初の一歩と思う。

抗議行動が今、この時も続いている中、東京にいて思うことは、どれだけ島で時間を重ねても、島を近くに感じられるようになっても、それでも、島の人たちのこの27年の苦しみに到底自分は行き着くことはできないのだということ。それが本当に本当に悔しい。そんなことを今更ながら、痛切に感じている。

そして、その私ができる精一杯のことはなんだろう。
自問自答し続けている。



田ノ浦
<田ノ浦から見える祝島>


田ノ浦2
<田ノ浦>






  1. 2009/10/04(日) 20:20:44|
  2. 映画製作
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映画『祝の島』公式HP開設!

この度、映画の公式HPを立ち上げました。
きさらちゃんが1から習い覚えて作った力作です!
映画に関するニュースなども、こちらに随時掲載していきますので、どうぞご覧下さい。


映画『祝の島』公式HP
http://web.me.com/polepoletimes/hourinoshima/top.html







  1. 2009/08/26(水) 17:04:21|
  2. 映画製作
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自然は自分たちの存在そのもの

知人から、自分が過去に読んだ好きな本を読み返すのはいい気分転換になると言われ、久々に手にとったのが星野道夫さんの「ノーザンライツ」。20代前半の頃、私は星野道夫さんの本を愛読していた。

あらためて思い返すと、私は小さい頃からずっと自然に憧れていた。私の両親は東京生まれの東京育ち。私には田舎というものがなく、小学校に入った頃の口癖は、田舎に行きたい、だった。小学3年生の夏休みには、仲良しの友達の田舎、岩手県の遠野に一ヶ月ホームステイさせてもらったほどだ。

高校卒業の時にクラスで作った文集には、将来の夢に「電気のない生活をする。すべてを自らで作り出したい」と書いた。そんなことはとっくに忘れていたので、最近その言葉を見つけてびっくりしてしまった。今こうして、映画製作を通して、電気を作り出す原子力発電所と向き合っていることは、やはり無関係ではないのだろう。

山小屋でアルバイトしたり、カヌーで川下りをしたり、自転車旅行をしたり、スキーをしたり、テントを背負って徒歩旅行したり、波乗りしたり。とにかく、自然の中に自分の身を置くことを渇望していた。でもそれはどうしたってレジャーやスポーツの領域を脱することはなく、自然と共に生き“生活”をしている人に対して、ずっと憧れと尊敬の想いを抱いていた。だから、アラスカに広がる大地に惹かれて、旅人であった星野さんがその地に根を下ろし、あたたかい眼差しで生命あるものを見つめている世界に引きつけられたのは、とても自然なことだったと思う。

その星野さんの遺作となった「ノーザンライツ」の中で、こんな話しが出てくる。アラスカ北東部の壮大な原野は、数十万頭にもおよぶカリブーの出産地であり、かつてアイゼンハワー大統領が未来の世代のためにこのまま残しておこうと野生生物保護区にした場所だった。しかし、油田発見を機に、アメリカ経済政策の中に組み込んでゆくかどうかで、アメリカ中が論争に揺れ、環境問題のシンボル的な存在となっていく。その地にはカリブーの狩猟生活に大きく依存するグッチンインディアンの人々がいた。しかし、油田開発に反対するシェラクラブをはじめとする様々な環境団体は、あくまで白人の視点に立った自然保護運動を続けていた。そんな中で、グッチンインディアンたちは自ら声を上げる。“ちょっと待ってくれ。おれたちの想いは、あなたたちの考えている自然保護とはすこしちがうんだ。おれたちは季節と共に通り過ぎてゆくカリブーを殺し、カリブーと共に生きている。自然は見て楽しむものではなく、おれたちの存在そのものなんだ”と。

10年以上も前に読んだこの話しは、私の心の奥底に刻まれた。そして今再び読み返し、この言葉を祝島の人たちに重ね合わせている。

島の人たちにとって、海は生計を建てるためのものだけでなく、それ以前にまず自分たち自身がこの海で獲れた魚を食べて生きている。目の前の海に行けば、いつだって新鮮な魚や貝、海藻があって、それを食べて祝島の人たちは大昔から生きてきた。「必要最低限のお金があればそれでいい。海はお金では売れん!」という祝島の人の言葉は、何代にもわたって、海の恵みで生きてきたその記憶に裏付けされたものなのだ。都会に住む人が、思想やイデオロギーによって、或いはたくさんある選択肢の中から原発に反対するのとは違って、島の人にとっては原発という存在は千年単位で続けてきた生活を断絶することを意味する。島で生活を続けていくことと、原発に反対することはイコールなのだ。

都市に住む者と“その地”に住む者との違いを認識することは、とても重要なことだと感じている。そして、巨大化した都市で生きる者は(まさにこの私のことでもある)、膨大なエネルギーを消費している一員として、様々な場面に用意されている様々な選択肢の中で、何を基準にしてものを選ぶか、その責任は重大である。そこには、選択肢が数多くある分、よりいっそうの厳しさを持って、意識して、選択、決断していかなければいけない。多く、安く、簡単に、便利に、を追求する選択が寄り集まっている中で、これからの自分、自分の子ども、そのまた子どもたちにとって、真の幸いをもたらす選択とは何か、そのことをいつでも念頭においておかなければいけない。ひとりひとりの責任は非常に重い。

瀬戸内海の海と祝島の土とにつながって生きてきた祝島の人へ心から敬意を表し、この島の人たちの真の協力者、応援者でありたいと強く強く願っている。



夕焼けの海



  1. 2009/08/15(土) 00:31:46|
  2. 島の生活
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関西ラッシュ上映会のお知らせ

撮影が終わってからも、次から次へと知り合いが来島し、島のご案内で忙しくしています。その知り合いについては、またあらためてご紹介するとして、来週始めに、東京へ帰る途中、関西に立ち寄って、『祝の島』のラッシュ上映会をさせていただく予定です。
お近くの方は、ぜひぜひお立ち寄り下さい!!


★『祝の島』ラッシュ上映&川原一紗さんライブ
7月20日(月・祝)  
場所: そば屋藍(大阪狭山市)

時間: 開場 18:00 開演 19:00
料金: 3,600円(手打ちのお蕎麦込み) ※要予約

問い合わせ・ご予約:そば屋藍
Tel:072-368-1982
大阪狭山市大野台2-13-11
(南海高野線金剛駅よりバスでニュータウンセンター下車徒歩3分)

《川原一紗さん》
熊本県在住のシンガーソングライター。自作の曲をピアノ弾き語りで演奏する。日本全国、アメリカで活動中。http://www.kazusakawahara.com/


★映画「祝の島」製作経過報告会
7月21日(火)
場所:モダナーク ファームカフェ(神戸・三宮)

時間:open 19:00 / start 19:30
料金:1800円(1drink付) ※要予約

問い合わせ・ご予約:モダナーク
神戸市中央区北長狭通3-11-15
TEL: 078-391-3052
mail: modernark-cafe@chronicle.co.jp
http://www.chronicle.co.jp/main.html




  1. 2009/07/18(土) 00:13:32|
  2. 映画製作
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