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大口電力販売量は前年より17%減

先月10月17日付けの宮崎日日新聞の記事によると、電気事業連合会が発表した2009年度上半期実績速報では、全国の電力会社10社合計の産業用大口電力販売量は、前年同期比より16.8%減の1285億7400万キロワット時となり、現行の電力10社体制となった1972年以降最大の下落率を記録したという。そして下落幅が最も大きかったのは、今まさに新規立地の上関原発建設にやっきとなっている、かの中国電力で22.9%減という。

電気は本当に不足しているのだろうか。

戦後、日本経済は、需要と供給の成長、市場拡大を目指し発展を遂げてきた。新しく作ること、大きくなること、増えること、早くなること。それが、豊かさの指標であり、いつの間にか幸せの指標にとってかわってきたのではないかと思う。でも、その一方通行の消費経済の中では、いつまでたっても、電気は足りないし、お金はさらに必要になる。その先に、果たして日本という国の幸せ、私自身の幸せはあるのか。

電気もお金も、あればあるほどいいもの、とは私には思えない。なぜなら、電気もお金も、何かの代替として成立しているものだからだ。それら自体に意味はなく、そして目的となり得るものではないと思う。一番大切なものではない。そしてそれらを生み出している背景の中には、様々な自然資源、多生物の命、原発に至っては、人命の犠牲までもが隠れている。

電気もお金も、今の人間社会には重要なものである。否定するわけではない。
でも、人間が手にした電力というもの、そこから発展した社会には、今、節操が必要だ。

映画を製作している中で、ある日、はたと気づく。映画を一本作るということは、膨大な電気を使うということなのだと。フィルムではなく、ビデオとなれば尚更である。どの機器を動かすのにも電気なのである。ビデオカメラの充電も電気。編集するために使用するパソコンも、再生機もモニターも、電気。コンセントを入れなければ、何も始まらないのである。映像自体が、この現代社会の産物なのである。

そうして、莫大な電気、エネルギーを使って、私はどのような作品を作ろうとしているのか…。大きな自分への問いかけである。






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  1. 2009/11/04(水) 20:02:13|
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