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ひたすら受容するということ

今回の撮影も7日目を迎えた。
東に西に、山へ海へ、それぞれのお家にと飛び回っている。
昨日は、朝3時に漁師さんと漁に出て、夜の8時に終わった定例デモまで撮影が続き、さすがにヘロヘロ。夜は泥のように眠った。

今年は、祝島にとって厳しい年だ。
4月から6月までがシーズンの甲イカ漁の水揚げは、例年の3分の1。漁協の加工場に持ち込まれる量も驚くほど少ない。
祝島の名産、ビワも2月末になってから降った雪で凍みて、へその部分が黒く痛む“ヘソグロ”になってしまうものが多く、こちらも収穫量は例年の2分の1から3分の1。
そして、4・5月とほとんど雨が降らず、山の湧き水を使っている田んぼは、干上がってしまっている。この時期に田んぼがこんな状態になるのは、この70年の間でも初めてのこと。こりゃあいよいよおかしいど、とマンジさん。

島の人はいつもと変わらず、毎日を送っているけれど、でもどこかで、ジワジワと迫ってくる異常ともいえる気象の変化が、島の人たちの心に暗い影を落としている。

でも、思うのだ。きっと今までも、こんなことはたくさん、たくさんあったに違いないと。雨がなかなか降らない、時化が続いて漁に出られない、恐ろしい台風の上陸で家が半壊する…。
そして、いつだって、島の人はそれをひたすら受容してきた。自然の恵みをいただくということは、イコール“受け入れる”という言葉と同義語なのかもしれない。農業や漁業をする上で、どんなに人間にとって具合が悪くても、恨めしい結果となっても、それは受け入れる以外にはないのだ。そして、淡々と日々自分ができることを続けていく。

そうしてひたすら自然を受け入れ続けて生きてきた祝島の人たちが、、原発だけは絶対に受け入れない、と言っているのだ。絶対拒否なのだ。自然に即して生きている人間には、どうしたって原発は折り合わないものなのである。

ひたすら受容する。
人間がそれをできるときは、その背後に働いている大きな力を信じきることができる時なのだと思う。



英一一本釣り





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  1. 2009/06/10(水) 00:44:19|
  2. 島の生活
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