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私が映画をつくるわけ 〈『ナミイと唄えば』の製作を経て〉

本当に久しぶりに石垣島のナミイおばあと電話で話した。
あのいつもの元気いっぱいの声が聴こえてきた。

「あやちゃんかー?どうしてた?ずっとあんたのこと想ってたさ。げんきー?こっちはげんきよー。23日には、米寿のお祝いをみんなにしてもらうさ。歌?歌ってるさ。のどは毎日、開かんといかんからね。」

ナミイおばあの娘さんのハツエさんも、あのいつもの優しい声で、
「いや~、不思議だね。この二日間くらい、ずっとあやちゃんのこと考えてたさ。伝わったんだね。へー、新しい映画ね。すごいね。きっと良い映画になるはずよ。」

涙が出た。

ナミイおばあこと新城浪。沖縄最後のお座敷芸者といわれ、歌を自分の命とし、人を喜ばせるため、踊らせるためにひたすら歌い続けてきた怪物おばあである。本橋監督の四作目、映画『ナミイと唄えば』の主人公。

この作品でプロデューサーを務めさせていただいた映画製作は、本当に様々なことがあった。初めての大役に、常に自分の力の足りなさを感じながら、それでも自分にできることは“一生懸命”しかない、と走り続けた。作品を世に生み出すということは、何にも代え難い大きな喜びと、そしてとてつもなく大きな責任を伴うことであった。

映画が公開される頃には、私はすっかり自分を見失っていた。
すべてをゼロにして、新しく歩みだそう。
今思えば、なんて幼稚なんだろうと思うけれど、その時は、そうする以外には考えられなかった。

石垣島でお披露目上映会をした2006年5月に、私は映像の世界から離れ、
そうしてまた、再びOL生活に戻ったのだった。


派遣された先は、大学生が就職したい会社のトップ3にランキングされるような大手外資系IT会社。オフィスはすべてが電子化で清潔、そこで働く人たちも、みなさん紳士淑女でスマートな人たちばかり。そこでひたすらパソコンと向き合う日々。昼休みは、オフィスをひとり出て、土手を散歩し、お弁当を食べて、読書をし、瞑想をし、17時半きっかりにはオフィスを後にする。

ずっと私の心は閉じていた。内に向う日々だった。
これが平安というものだろうかと。

そうして半年が過ぎたとき、また観てしまったのだ。
『アレクセイと泉』を。
40周年を記念した本橋成一写真展で行われた上映会。
久々にスクリーンに広がるブジシチェ村の風景。
土を耕し、酒を飲み、泉の水を汲むじじばば達の姿。
何十回と観てきたその光景に、強烈な勢いで、身体の底から沸き上がってくる思いがあった。
ああ、人間っておもしろい。人間が好きだ、と。

私はそれまで、人が好き、と言えてしまう人の気持ちがわからなかった。
○○さんを好き、とは言えても、どうして一括りにして“人”が好きなどと言えてしまうのか…。

それが、この日は、まるで雷に打たれたように、ずっと頑張って閉め続けてきたフタがぱっくり開いたかのように、ああ、人間っておもしろい。人間って愛おしい。人間が好き。そんな思いが、素直にまっすぐに自分から溢れ出してきたのである。

そう、その時から、もう一度、映像を手掛かりに、再び人と出会いたい、関わりたいと強く願うようになったのである。

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  1. 2008/11/07(金) 00:40:45|
  2. 映画製作
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