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分かち合いたいこと

自分がひとり暮らしを始めた時のことをふと思い出した。

もともと料理は嫌いではないので、時間がある時は、自炊をしていた。あるとき、とびきり美味しいシチューができて、それをひとりで食べていたら、突然、泣き出したくなるような寂しさがグググッと込み上げてきた。なんだ、これは!?

その時に気がついたのだ。
そうか、さしておいしくないものをひとりで食べる時よりも、おいしいものをひとりで食べる時の方が圧倒的に寂しいのだと。おいしくないものは、黙々とひとりで食べてじっとやり過ごせばいい。でも、たまらなくおいしいものを、おいしいね、と誰かと言い合えない、分かち合えない寂しさは、途方に暮れてしまいそうなくらい大きなものだった。

私という人間は、嬉しいこと、楽しいこと、おいしいこと、笑いたいこと、そういう“喜び”を誰かと分かち合いたいと心から求めている人間なのだとその時に自覚したのだった。これは大きな発見だった。そして、その強い強い欲求が、この映画を作るきっかけにまでなっているのだと、あの日の食卓を思い出しながら、あらためて思うのだった。

私が祝島にいて感じる、喜び、そして希望…。

今日から祝島に入った。7月1日に、大久保さん、きさらちゃんが合流する。今回もたくさんの喜び、楽しさ、面白さ、おいしさ!を、まずは私たちスタッフでおおいに分かち合いたいと思っている。



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  1. 2009/06/30(火) 00:50:34|
  2. 映画製作
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祝島の人たちがいるところには、いつでも笑いがある

 先週、東京に戻ってきました。

 島を出る予定にしていた6月10日に、中国電力が上関原発建設予定地の田ノ浦に設置している桟橋を移設するとの情報が入り、早朝、島の人たちと一緒に漁船に乗り込み、現地へ向かいました。島の漁船が桟橋付近に入り込めないよう連なり、その他の人たちは上陸し、桟橋付近に座り込みました。結局は、雨風波が強くなり、この日の作業は取り止めとなりました。けれど、地元の報道では、島の人が桟橋付近に座り込んでいる数秒の映像と、翌日何事もなかったかのように、台船が桟橋を撤収し、運んでいく様子が映し出されたばかりでした。

 祝島の人たちがテレビや新聞、Webで取り上げられる度に、いつも思うことがあります。こういった抗議行動にしても、その様子を言葉にできるのは、とても限られた部分であり、ニュース映像でも、象徴的な一瞬を切り取るばかり。現地にいない第三者が得られる情報は、非常に偏り、そして限られています。でも全体をみれば、たくさんのことがその中で起きています。私は、その場に立ち会わせていただいている者として、何を伝えるべきか、伝えたいのか、それを考え続けています。

 例えば、抗議行動の中でも、祝島の人たちと一緒にいると、いつでも、どこにでも笑いがあります。デモであろうと、県庁への申し入れであろうと、現地の座り込みであろうと、もちろん激しい行動になることもありますが、どこかユーモアがあり、笑い飛ばしてしまおうとする祝島の人々の姿に、気がつけば私も笑ってしまうことが度々です。最初は、そんな自分が不謹慎な気がして戸惑ったものですが、でも今は、そこに私が魅せられている祝島の人たちの本質がある、と思うようになりました。

 普通に考えれば、デモや抗議行動、という非日常の行為であるはずのものが、祝島の人たちにとっては、日常、そして島で生活を続けるということに直結している行為であるということ。自分たちが生きていくための抗議であり、生活を懸けた行動であるということ。観念的な運動とは、決定的に違うのです。そしてそこには、劇的な数秒のニュース映像からは想像できない淡々とした時間が流れています。時に切実な叫びが飛び交うこともあれば、誰かの冗談でドッと笑いがおこることもある。全身の血が、一瞬にして沸騰するような緊張感に包まれることもあれば、冗談や世間話に講じて時間をやり過ごすこともある。原発誘致の話しが持ち上がった当初の激しい抗議行動も、この27年の間に様々な変遷を経て、今のカタチがあるのだろうと思います。

 どんな場面にも、一瞬、一瞬の中に、日常と非日常、怒りと笑い、激しさと平穏、そんなものが入り交じっている。瞬間を構成するものは決して単一ではなく、きれいに切り分けられるものでもない。それが“生”の本質ではないかと思えてきます。






  1. 2009/06/17(水) 21:21:07|
  2. 原発
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ひたすら受容するということ

今回の撮影も7日目を迎えた。
東に西に、山へ海へ、それぞれのお家にと飛び回っている。
昨日は、朝3時に漁師さんと漁に出て、夜の8時に終わった定例デモまで撮影が続き、さすがにヘロヘロ。夜は泥のように眠った。

今年は、祝島にとって厳しい年だ。
4月から6月までがシーズンの甲イカ漁の水揚げは、例年の3分の1。漁協の加工場に持ち込まれる量も驚くほど少ない。
祝島の名産、ビワも2月末になってから降った雪で凍みて、へその部分が黒く痛む“ヘソグロ”になってしまうものが多く、こちらも収穫量は例年の2分の1から3分の1。
そして、4・5月とほとんど雨が降らず、山の湧き水を使っている田んぼは、干上がってしまっている。この時期に田んぼがこんな状態になるのは、この70年の間でも初めてのこと。こりゃあいよいよおかしいど、とマンジさん。

島の人はいつもと変わらず、毎日を送っているけれど、でもどこかで、ジワジワと迫ってくる異常ともいえる気象の変化が、島の人たちの心に暗い影を落としている。

でも、思うのだ。きっと今までも、こんなことはたくさん、たくさんあったに違いないと。雨がなかなか降らない、時化が続いて漁に出られない、恐ろしい台風の上陸で家が半壊する…。
そして、いつだって、島の人はそれをひたすら受容してきた。自然の恵みをいただくということは、イコール“受け入れる”という言葉と同義語なのかもしれない。農業や漁業をする上で、どんなに人間にとって具合が悪くても、恨めしい結果となっても、それは受け入れる以外にはないのだ。そして、淡々と日々自分ができることを続けていく。

そうしてひたすら自然を受け入れ続けて生きてきた祝島の人たちが、、原発だけは絶対に受け入れない、と言っているのだ。絶対拒否なのだ。自然に即して生きている人間には、どうしたって原発は折り合わないものなのである。

ひたすら受容する。
人間がそれをできるときは、その背後に働いている大きな力を信じきることができる時なのだと思う。



英一一本釣り





  1. 2009/06/10(水) 00:44:19|
  2. 島の生活
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東京ー祝島間、8時間は長い?短い?

昨日から祝島に来ている。
東京ー祝島を往復するのも、20回を超えた。
自宅を出てから祝島まで、新幹線を使う場合は約8時間半かかる。

先日、島のおばちゃんたちと話していた時のこと。
「あんた、東京から祝島までどのくらいかかるん?」
「家を出てからだと8時間半くらいかな…。」
「ずいぶん早くなったもんやね。」
「……!?」
「昔は、一昼夜かかったもんよ。それにあんた、今だって、わしら病院に行くのも、朝便(6時半)で島を出て、晩便(16時半着)で帰ってくるんよ。一日がかりなんよ。」

そうか…。
8時間半の移動なんていったら、近場の海外よりも断然時間がかかると思っていたけれど、島のじいちゃんばあちゃんが、病院に行って帰ってくるまでにかかる時間は10時間。私の中に流れているのは、大都会東京の時間、一本電車に乗り遅れても、5分後にはすぐに次の電車がくる、そんな時間にすっかり慣らされてしまっているのだなあと、あらためて思うのだった。

時間は誰にも平等に、そして均等に流れているものと思っているけれど、でも今自分が住んでいる場所が保有している時間感覚が、自分の時間感覚になっている。その土地が持つ“時間”が、自分の時間になっている。
そして、もしかしたらその場所ごとに、時間の質量みたいなものも違うのかもしれない。

東京での1時間と、祝島での1時間、確かに違うんだよな…。




  1. 2009/06/01(月) 22:57:20|
  2. 島の生活
  3. | トラックバック:0
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