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祝島島民・シーカヤッカーへの仮処分申請の取り下げを求める嘆願書

いつもお世話になっている祝島出身の女性から、嘆願署名のお願いが届きました。

「未来につながる生命(いのち)を育てる会」の吉岡すみれさんが世話人として、10月9日付けで中国電力から申請された祝島島民の会など39人の人々への仮処分申請を却下する嘆願書と署名を、山口地裁岩国支部に提出する予定です。

嘆願趣旨、詳細は以下の通りです。ご協力できる方は、ぜひお願いいたします。

******************

<中国電力株式会社による祝島島民の会など39人の人々への仮処分申請を却下する嘆願署名>

 中国電力株式会社は、原子力発電所建設計画に反対する祝島島民の会など39人の人々を相手取り、予定地である田ノ浦での妨害行為をやめるよう求める仮処分を10月9日付けで申請しました。
 上関原子力発電所建設予定地の長島・田ノ浦は、豊かな生態系の残る海ですが、中国電力株式会社は、十分な調査もしないまま、埋め立てに着手しようとしています。
 一方、予定地から4kmしか離れていない所に集落がある祝島の人々は、長年にわたる阻止行動及び9月10日からの一連の行動に見られるように、また、漁業補償金を受け取らない姿勢を貫いてきたことからも、原子力発電所を望まず、漁業で生計を立てたいと、はっきりと意思表示をしています。
 埋立て工事や原子力発電所建設・稼働などによって受ける生活への影響や心理的圧迫を考えると、祝島の人々が自身の望むように生計を立てることは、当然の権利として認められたものではないでしょうか。自身の生活を守るための、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」であると思われます。
 以上のことから、中国電力株式会社による祝島島民の会など39人の人々への仮処分申請の却下を嘆願します。


******************

次の審尋の11月25日に提出するため、署名の締切日は11月20日です。
署名用紙はこちらからダウンロードできます↓

【署名用紙 個人用】
http://radio-active.cocolog-nifty.com/blog/files/shomeikojin.pdf

【署名用紙 団体用】
http://radio-active.cocolog-nifty.com/blog/files/shomeidantai.pdf


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  1. 2009/11/07(土) 13:44:20|
  2. 原発
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大口電力販売量は前年より17%減

先月10月17日付けの宮崎日日新聞の記事によると、電気事業連合会が発表した2009年度上半期実績速報では、全国の電力会社10社合計の産業用大口電力販売量は、前年同期比より16.8%減の1285億7400万キロワット時となり、現行の電力10社体制となった1972年以降最大の下落率を記録したという。そして下落幅が最も大きかったのは、今まさに新規立地の上関原発建設にやっきとなっている、かの中国電力で22.9%減という。

電気は本当に不足しているのだろうか。

戦後、日本経済は、需要と供給の成長、市場拡大を目指し発展を遂げてきた。新しく作ること、大きくなること、増えること、早くなること。それが、豊かさの指標であり、いつの間にか幸せの指標にとってかわってきたのではないかと思う。でも、その一方通行の消費経済の中では、いつまでたっても、電気は足りないし、お金はさらに必要になる。その先に、果たして日本という国の幸せ、私自身の幸せはあるのか。

電気もお金も、あればあるほどいいもの、とは私には思えない。なぜなら、電気もお金も、何かの代替として成立しているものだからだ。それら自体に意味はなく、そして目的となり得るものではないと思う。一番大切なものではない。そしてそれらを生み出している背景の中には、様々な自然資源、多生物の命、原発に至っては、人命の犠牲までもが隠れている。

電気もお金も、今の人間社会には重要なものである。否定するわけではない。
でも、人間が手にした電力というもの、そこから発展した社会には、今、節操が必要だ。

映画を製作している中で、ある日、はたと気づく。映画を一本作るということは、膨大な電気を使うということなのだと。フィルムではなく、ビデオとなれば尚更である。どの機器を動かすのにも電気なのである。ビデオカメラの充電も電気。編集するために使用するパソコンも、再生機もモニターも、電気。コンセントを入れなければ、何も始まらないのである。映像自体が、この現代社会の産物なのである。

そうして、莫大な電気、エネルギーを使って、私はどのような作品を作ろうとしているのか…。大きな自分への問いかけである。






  1. 2009/11/04(水) 20:02:13|
  2. 原発
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中国電力、抜き打ちで原発予定地沖にブイを設置

昨日、中国電力は抗議行動により立ち入りができずにいた田名埠頭とは別の港から灯浮標(ブイ)を搬出し、予定地近くの海上に工事区域を示すブイ2基を設置したと発表しました。設置したのは建設予定地を挟んで北側の取水口側と南側の放水口側のそれぞれ1基。そして中電はこの日、着手届を県に提出し、受理されました。これにより、上関原発建設予定地の埋立てに正式に着手したとみなされることになります。

祝島の人たち、そしてシーカヤックやその他大勢、現地で抗議行動をしている人たち、そして離れていても、この上関原発の行く末をずっと思い続けている人たち、9月10日から一ヶ月近く続いているこの事態に、誰もが緊張が抜けずに疲労が溜ってきているこの時の、この発表は、反対を願ってそこに関わる人たちにどれだけダメージを与えたかしれません。

でもこの27年間反対し続けてきた人たちは、今まで何度落胆し、そして立ち上がり続けてきたのだろうと思います。祝島の人たちは、これからも変わらず反対を続けることを、昨日の集会で確認したそうです。

下記の動画は、地元テレビ局KRYの当日のニュースです。






10/7についてのニュースリンク------------------------------------

■上関原発 埋め立て着手、予定より27日遅れ(YOMIURI ONLINE/九州 読売新聞)
■ブイ設置は熟慮の上での判断(中国新聞)
■中電、海面埋め立て着手 上関原発計画(中国新聞)
■上関原発海の埋め立て着手(KRY山口放送)
■上関原発・中国電力が埋め立て工事着手(tysニュース)



  1. 2009/10/08(木) 16:34:04|
  2. 原発
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祝島の人たちがいるところには、いつでも笑いがある

 先週、東京に戻ってきました。

 島を出る予定にしていた6月10日に、中国電力が上関原発建設予定地の田ノ浦に設置している桟橋を移設するとの情報が入り、早朝、島の人たちと一緒に漁船に乗り込み、現地へ向かいました。島の漁船が桟橋付近に入り込めないよう連なり、その他の人たちは上陸し、桟橋付近に座り込みました。結局は、雨風波が強くなり、この日の作業は取り止めとなりました。けれど、地元の報道では、島の人が桟橋付近に座り込んでいる数秒の映像と、翌日何事もなかったかのように、台船が桟橋を撤収し、運んでいく様子が映し出されたばかりでした。

 祝島の人たちがテレビや新聞、Webで取り上げられる度に、いつも思うことがあります。こういった抗議行動にしても、その様子を言葉にできるのは、とても限られた部分であり、ニュース映像でも、象徴的な一瞬を切り取るばかり。現地にいない第三者が得られる情報は、非常に偏り、そして限られています。でも全体をみれば、たくさんのことがその中で起きています。私は、その場に立ち会わせていただいている者として、何を伝えるべきか、伝えたいのか、それを考え続けています。

 例えば、抗議行動の中でも、祝島の人たちと一緒にいると、いつでも、どこにでも笑いがあります。デモであろうと、県庁への申し入れであろうと、現地の座り込みであろうと、もちろん激しい行動になることもありますが、どこかユーモアがあり、笑い飛ばしてしまおうとする祝島の人々の姿に、気がつけば私も笑ってしまうことが度々です。最初は、そんな自分が不謹慎な気がして戸惑ったものですが、でも今は、そこに私が魅せられている祝島の人たちの本質がある、と思うようになりました。

 普通に考えれば、デモや抗議行動、という非日常の行為であるはずのものが、祝島の人たちにとっては、日常、そして島で生活を続けるということに直結している行為であるということ。自分たちが生きていくための抗議であり、生活を懸けた行動であるということ。観念的な運動とは、決定的に違うのです。そしてそこには、劇的な数秒のニュース映像からは想像できない淡々とした時間が流れています。時に切実な叫びが飛び交うこともあれば、誰かの冗談でドッと笑いがおこることもある。全身の血が、一瞬にして沸騰するような緊張感に包まれることもあれば、冗談や世間話に講じて時間をやり過ごすこともある。原発誘致の話しが持ち上がった当初の激しい抗議行動も、この27年の間に様々な変遷を経て、今のカタチがあるのだろうと思います。

 どんな場面にも、一瞬、一瞬の中に、日常と非日常、怒りと笑い、激しさと平穏、そんなものが入り交じっている。瞬間を構成するものは決して単一ではなく、きれいに切り分けられるものでもない。それが“生”の本質ではないかと思えてきます。






  1. 2009/06/17(水) 21:21:07|
  2. 原発
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バスに揺られて

今は、長野に向かう新幹線の中にいる。

今日、朝便で約80人の人と島を出て山口県庁に向かった。室津から貸切バス2台に分乗。車内では、いつもの調子でにぎやかなおばちゃんもいれば、乗り慣れないバスに酔ってつらそうなおばちゃんもいる。私達は、後ろの席にいたハーちゃんからモイカの一夜干しをもらって早くもお腹がいっぱいになる。

今回の県庁行きは、先日の知事が出した『公有水面埋め立て免許許可』の取り消しを求めての集会を県庁前で行うためである。

このような県庁行きをこの26年の間に、もう何度繰り返してきたのだろう。その度ごとに、島のたくさんの人たちが、繁忙期であれ、稼ぎどきであれ、漁に出るのを止めて、山仕事を休み、お店を閉めて、みんなでお金を出し合って、大型バスをチャーターして、慣れないバスに揺られて、一度も面会しようとしない知事に、陳情するために出向くのである。そのためだけに時間とお金と体力と、そしてなによりも心を消耗するのである。

今は県庁から長野に向かっている。島の代表者が小諸で報告会を行うことになっていて、そこに合流させていただく予定だ。下記がその会である。

祝島島民が語る「上関原発計画の今」
10月29日(水)
18:30開始
小諸市民会館3階大会議室
(小諸市相生町3-3-3)
参加費:無料
問合わせ先:桑田さん(09018654836)


島の人たちと合流できるのは、今日の日付を越える頃になりそうだ。

山口県庁抗議集会


  1. 2008/10/28(火) 21:34:25|
  2. 原発
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