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『こどもの時間』 ポレポレ東中野で上映中!

今夜、ポレポレ東中野のレイトショーで、野中真理子監督の『こどもの時間』を観た。この作品、まさに秀逸である。何度観ても、感動が込み上げてくる。これほど、声を上げて笑って、泣くことがゆるされる映画はなかなかない。

埼玉県桶川市にあるいなほ保育園がこの映画の舞台。5年間のこどもたちの記録である。

ファーストシーンは、卒園式。卒園生ひとりひとりが、全身はちきれんばかりの喜びで身体をはずませ、みんなの前を歩きながら、卒業証書を高々と掲げる。その生き生きとした姿、まさに生命が躍動しているこのワンシーンだけで、ガツンとやられてしまうのである。

ほっぺを真っ赤にして鼻を垂らしたこどもたちが、こどもたちの世界の中で、こどもの時間を過ごしている。そして映画は、それらをこどもたちの成長や学びに安直につなげていこうなどとはしない。ついつい大人がすぐに聞きたくなるような保育園の背景や、こうして育ったこどもたちを他と比較して賞賛するようなこともしない。ひたすらこどもの時間に寄り添って、じっと見つめている。まさに、この作品自体が“こども”のようなのである。それがこの映画を制作している人たちが本当にこのこどもたちの姿に心動かされた証のように思えてくる。

生命力溢れるこどもたちの姿をじっと観られることが、どれほど幸せな時間であるか。そして、一番大事なただひとつのことを感じるのである。生命ってスゴイ!ということを。そして、ああこういうものを観たかったんだ、と言いたい気持ちになる。

カメラを向けるという行為は、たいていがごくごく個人的な思いから始まることが多い。でもそれが個人の領域を抜け出して、普遍的なものにつながっていくこと、そこまで昇華されること。そこに作品としての大きな別れ目があるといつも思う。私の映画製作も、どうしたらそこへ辿りつけるのか、寝ても覚めても、そのことはいつも頭から離れない。

ぜひぜひ『こどもの時間』観てください。まだ観ていない方はもちろんのこと、観た方もぜひもう一度!30日までポレポレ東中野で上映です。

映画『こどもの時間』
1月30日までポレポレ東中野でレイトショー上映(19:15~)

こどもの時間
「こどもの時間」上映委員会


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  1. 2009/01/17(土) 23:20:54|
  2. 気になること
  3. | トラックバック:0

ふたりの画家 ー丸木位里さん、俊さん夫妻のことー

昨日、たまたま家人がつけていたテレビから、画家丸木俊さんが9年前のこの日に亡くなられたことを知った。以前、訪ねた丸木美術館で、原爆の図を前にした時に、全身で感じたものがよみがえってきた。

1945年、原爆が投下された数日後の広島に入り、一ヶ月の救援活動の間に、丸木夫妻が目にしたものは、まさに地獄図そのものだった。それ以来、二人はそれまでに描いていたような絵が書けなくなってしまったという。そして、誰も描かなかった“原爆の図”に着手するのである。
洋画家である俊さんが人物を描き、日本画家の位里さんが色をつける。ふたりの画家の共同制作がはじまった。そうして生み出された原爆の図は、15部にわたる大作となり、世界平和文化賞受賞。そして、南京大虐殺の図、水俣の図、沖縄戦の図、足尾鉱毒の図、チェルノブイリと続き、生涯にわたって、人間の愚行によって、この世界で引き起こされた悲劇を描き続けたのである。

佐喜眞美術館館長の佐喜眞道夫さんは、次のように書かれている。

…私は位里さんに、「先生の線にはとても大きいものを感じるのですが、どうしたらあんな線を描けるのですか」とお聞きしたことがあります。位里さんは、「山を見るじゃろ、見るだけじゃダメなんじゃ。こっちが見ると向こうから何かがくるんじゃ。そのぶつかったところをなぞればいいんじゃ」とおっしゃったのです。それは戦争で死んでいった人々の命の根源をつかみたい、という位里さんの祈りのように思えたのです。
 ご夫妻は、自ら描いた絵のガイコツの山の中に、自分たち二人の像を描き込みました。「戦争で死んでいった人々は生きている私たちに話しをすることができません。だから死んでいった人々にかわって私たちがこんな絵を描くんです」と、おっしゃった俊さんの言葉が、今も私の耳に残っています。…

2002年の12月。私は28歳の誕生日をきっかけに、ずっと訪れるのを躊躇していた丸木美術館へ、えいや!という思いで向かったのだった。当時の日記を開いてみた。

…実家の車を借り、一路丸木美術館へ向った。覚悟していた。けれど、足を踏み入れる時、立ち止まってお祈りした。どうか心を静めて、メッセージを受け取れますようにと。
 その見上げる壁一面にある図は、魂の叫びだった。何人もの人と目が合った。全身に鳥肌が立った。しーんとした静寂と、切れるような凍てつく寒さ。
 そして思った。位里さん、俊さんは、とにかく描かずにはいられなかったのではないかと。その魂たちと対話し、自分たちの絵筆でよみがえらせることで、鎮魂すること。その使命をひたすら全うしようとされたのではないか。
 色々なことがある。様々なことが起こる。複雑怪奇なことばかりである。でも、でも、大切なことは、やっぱりシンプルなのだ。大切なことは、そう、魂のこと。魂の問題なのだ。…

魂の問題。
絵を前にして、ドーンと身体の中に入ってきた言葉だった。

今、この間にも世界で起きている悲劇の数々。
大切なのは、魂のこと。忘れないでいたい。

丸木美術館
ふたりの画家 丸木位里・丸木俊の世界

ふたりの画家
「ふたりの画家 本橋成一写真録」(オフィスエム)より 

  1. 2009/01/14(水) 12:33:40|
  2. 気になること
  3. | トラックバック:0
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