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『祝の島』いよいよ劇場公開!

あと30分後、いよいよポレポレ東中野で劇場公開となります。

今年初めから編集室にこもりっきりの3ヶ月を経て、完成試写会、その翌日からの瀬戸内海上映ツアーで各地を廻り、ずっと緊張状態が続いてきました。それらを通り過ぎて、今は自分でもびっくりするほど穏やかな気持ちでいます。

7年前に祝島に降り立ち、そこで出会った祝島の人たちとの出会いに心動かされ、その一瞬の感動で、ずっとここまで走り続けてきたように思います。
ぜひこの『祝の島』を通して、私が出会ったと同じように、沢山の方に祝島と出会っていただけたらと願っています。

今日の夜は、画家の黒田征太郎さんが、公開記念イベントでライブペインティングをしてくださいます。なんと上々颱風の白崎映美さんがスペシャルゲストで来てくださいます。映美さんのナマ歌と黒田さんのペインティング、必見です!
楽しい祭りになりますので、ぜひぜひ遊びにいらっしゃってください。

『祝の島』公式サイト http://www.hourinoshima.com/

*******************

2010年6月19日よりロードショー

◆ポレポレ東中野
(JR東中野駅より徒歩1分、03-3371-0088、http://www.mmjp.or.jp/pole2/)
6/19(土)~7/2(金) 12:30/15:30/18:00
7/ 3(土)~ 12:30/14:40/16:50/19:00

●初日舞台挨拶決定!
6月19日(土)各回上映前 纐纈あや監督、本橋成一プロデューサー、他
<緊急決定>
15:30の回、18:00の回上映前
初日舞台挨拶に祝島からのお楽しみゲスト来場!
東京公開初日、祝島からゲストがポレポレ東中野に駆けつけ、
舞台挨拶に登壇してくださいます!
今の祝島のナマの声を聞くまたとない機会に、ぜひご来場下さい!


●豪華 ゲスト来場決定!連日トークイベント開催!
※全て纐纈あや監督とのトークになります
6月19日(土) 12:30の回上映後 斉藤とも子 (本作ナレーター・女優)
6月20日(日) 12:30の回上映後 黒田征太郎(イラストレーター)
6月21日(月) 12:30の回上映後  広川泰士(写真家)
6月25日(金) 12:30の回上映後 土本基子(映画同人シネ・アソシエ)、本橋成一プロデューサー
6月26日(土) 12:30の回上映後 内藤いづみ(在宅ホスピス医)
6月28日(月) 12:30の回上映後 坂田明(ミュージシャン)
18:00の回上映後 小山内美江子(脚本家)
6月30日(水) 12:30の回上映後 石坂健治(東京国際映画祭プログラミング・ディレクター)
7月 1日(木) 12:30の回上映後 小室等(ミュージシャン)
7月 2日(金) 12:30の回上映後 ピーターバラカン(ブロードキャスター)

その他にも連日開催予定!詳細は公式HP及び劇場窓口までお問合 せ下さい。


●『祝の島』公開記念 <黒田征太郎100画撩乱ペインティング>
日時:6月19日(土)20:00開場 20:15開演
会場:Space&Cafeポレポレ坐(劇場ビル1F)
チケット:2,000円(ワンドリンク付) ※『祝の島』 チケット(半券でも可)提示1,500円
スペシャルゲスト:白崎映美(上々颱風)
※纐纈あや監督のトークショーもあります!



*******************

◆横川シネマ
6/19(土)~ 10:00/12:00/16:30/18:30 です。

http://ww41.tiki.ne.jp/~cinema-st/
JR横川駅から徒歩3分
TEL:082-231-1001 
Email:cinema-st@mx41.tiki.ne.jp

●「みる」から「つなぐ」へ映画と日常をつなぐ七日間
連日トークイベント開催!


6月19日(土)14:00~「広島と祝島をつなぐ」シンポジウム
山戸明子 (祝島出身・広島在住 派遣社員)
              青原さとし (ドキュメンタリー作家)
              高島美登里 (「長島の自然を守る会」代表)
              脇山都 (広島市立大学卒業生)
              溝口徹 (横川シネマ)
6月20日(日)20:20~「海と土をつなぐ」 坂本圭子、耕太郎 (農業)
6月21日(月)20:20~「釣り人へとつなぐ」 大歳 (釣り人)
6月22日(火)20:20~「身体へとつなぐ」大槻オサム (役者/身体パフォーマー)
6月23日(水)20:20~「ジェンダーへとつなぐ」高雄きくえ (ひろしま女性学研究所)
6月24日(木)20:20~「アートへとつなぐ」范叔如 (アーティスト)
6月24日(金)20:20~「広島から祝島へ」塩出香織 (学生) 増田千代子 (ボイス・オブ・ヒロシマ)



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  1. 2010/06/19(土) 12:11:48|
  2. 映画製作
  3. | トラックバック:1

一日の暮らし

新年明けましておめでとうございます。今年はいよいよ映画完成、公開の年となります。旧年中に引き続きまして、本年もどうぞよろしくお願い致します!

中学から8年間通っていた自由学園では、新しい年を迎えると、必ず「新年言志」を書くことになっていた。これは、新年を迎えてあらためて自分の中に立てる志、とでもいったものだろうか。だから、今でもついつい新年言志を考えるクセがついている。

今年の私の新年言志は、「一日の暮らし」ということ。祝島での撮影を通して、今、行き着いたことであり、昨年、私自身が一番おろそかにしていたことでもあった。

最後の撮影の中で、何十回と通った平さんの棚田にいつものように上がった。日も傾き、山はかなり冷え込んでいた。萬ちゃんのおじいさんが建てた小屋で、囲炉裏に薪をくべてくれた。こうして萬ちゃんの話しを、もう幾度聞かせてもらったことだろう。その時の萬ちゃんの言葉。「人間、一日の生活が一番大切ですよ。そして一日の生活の目線をどこに置くか、人間、自分の身の丈にあった生活をしないといかんですよ。」
囲炉裏の薪が放つあたたかくそして強い炎のように、その言葉は全身に、そして身体の芯まで沁みわたった。

昨年は、私自身が祝島の暮らしに惹かれ、それを撮り続けていたにもかかわらず、自分自身の東京での生活はといえば、すべてといっていいほど、“映画のため”一色だった。映画のことばかり考えて、まだ見ぬ映画完成の未来ばかりを思い続けていた。そして萬ちゃんの言葉を胸に振り返るとき、果たして、今ここにいる自分、自分の足元をきちんと見ていただろうかと問い直す。一日一日を、丁寧に生活すること。そんな基本のことを、○○のため、を理由におろそかにしていたことにはっきりと気づく。未来のために今を生きているんじゃない。今を生きること、今日の一日、今この瞬間を生ききること。その積み重ねの上に、明日がある。そしてそこに映画完成があったらいい。もともと、私は何かに夢中になると、それしか見えなくなるタチなのである。一番、私が陥りやすいパターンである。

これまた自由学園話しになるが、学園はキリスト教精神に基づいた教育を掲げ、毎朝、礼拝をしてからでないと授業が始まらなかった。私はクリスチャンではないが、8年間、毎朝聖書を読み続けたのだから、どうしたって、ふとした時に聖句が思い出されるのである。

聖書の中に、マルタとマリアの話しというのがある。それは、次のようなものである。

イエスがある村を訪ねたとき、マルタとマリアという姉妹がいる家に招かれる。マリアは、イエスの話しに聞き入っていた。姉のマルタは、もてなしのために忙しく立ち働いていたが、イエスにこう言った。「主よ。妹は私だけにおもてなしをさせています。手伝いをするようにおっしゃってください。」主は答えて言われた。「マルタ、あなたは、多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことは一つだけである。マリヤは良いほうを選んだ。それを取り上げてはならない。」(ルカによる福音書10章38節~42節)

先のことに気をとられ、或いは○○のためにを言い訳にして、今ここに自分が不在ではないか。必要なことは一つだけというならば、それは自分の身体と頭と心が一致して、何を選ぶかということだろうか。今を生きる、その一瞬、一瞬が積み重なっていく先に、映画の完成も、原発問題も、人類の平和もつながっているはずだ。

一日の暮らしをおおいに楽しんでいこう。




  1. 2010/01/04(月) 01:54:39|
  2. 映画製作
  3. | トラックバック:0

喜びも、悲しみも

今日はポレポレ坐ビル全体がひっそりとしていて、今、目の前のモニターに流れている祝島の映像がビル全体に響きながら、この一年半の出来事が現れては消え、消えては現れ、していくようです。

今年は、祝島に始まり、そうして祝島で終わろうとしています。

12月20日、最後の撮影を終えて祝島を出た時は、こんなに多くの人の力と思いと願いを作品というひとつの形にすることの責任の重さを感じて緊張が続いていましたが、東京に戻って、撮影した最後のテープを観終わったとき、全身の力が抜けました。

この一年半、大きな事故もトラブルもなく、健康に、最後まで撮影を終えることができたのは、スタッフの皆さん、そして祝島のみなさん、応援団の方々、そして目には見えない大きな力があってのことと思っています。

最近、よく思うことですが、監督という仕事は、自分の思いを発することから始まるものではありますが、でもそれからの行程は、目の前に起こること、そしてそれらに関わる人、ひとりひとりの思いをひたすら受け取る、ということの連続なのだなあということです。

祝島で出会ったおひとりおひとりの、
映画製作に賛同して応援する会に入って下さったおひとりおひとりの、
必ずいい映画になる!と言い続けている本橋さんの、
自分の思いを撮影に込め続けた大久保さんの、
一緒に走り続けてくれているきさらちゃんの、
ここには挙げきれないたくさんの方々の、
そしてこれからまた映画を通して出会う方々の
ひとつひとつの思いを受け取り、束ねて、形にまとめあげていくことなのだなあと思うのです。


つくづく、“好き”ということのパワーは絶大だなあと思います。祝島と、そしてそこで出会った人を好きになったことからすべてが始まり、そうして今もその気持ちを原動力にして、走り続けています。好きになると、もっともっと色々と知りたくて、一緒にいたくて、共感したくて、そうして祝島に通い続けた日々でした。

よく言われることですが、「一人よりも二人がよい。二人になれば喜びは2倍、悲しみは半分」と言いますが、私は違うと思っています。やはり悲しみも2倍になると思います。そして、そうでありたいと思っています。人と出会うということ、人の思いを知るということは、喜びも痛みも伴うことなのだとあらためて思います。そして何かと出会うということは、その瞬間から自分自身が変わっていく、ということなのだろうと思います。

祝島の人と共に過ごした時間、楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、悔しいことも、怒ったことも、笑ったことも、泣いたことも、たくさんのことがありました。これからもそれらを抱き続けていくのだと思いますが、でも、一番強く残るのは、“喜び”だろうと思っています。その喜びを、これから作品を通して、そして私自身の生き方で表現していきたいなと思っています。

これからは、来年の初夏の公開を目指して、編集作業に打ち込みます。

祝島にいなくても、今、この時を、同じ日本のあの島で、みんなが毎日一生懸命生きている、そこには美しい海の気配と風の音、そして積み重ねられた石垣、その風景を思い浮かべただけで、「大丈夫。万事上手くいく!」という気持ちになります。私の中に、祝島がぽっかり浮かんでいるようです。

さあ、来年まであと一日です。




  1. 2009/12/30(水) 23:50:17|
  2. 映画製作
  3. | トラックバック:0

石を投げる者

今は、新幹線の中。広島に向かう途中だ。今日の午後、横川シネマでラッシュ上映会をさせていただくことになっている。

この一年半、私が祝島に通ってきたのは、島の人がなぜに原発に反対しているのか、それを「原発反対」という言葉ではなく、島の人々が送っている日々の暮らしから描き出すためだった。時の流れ、空間、雰囲気、姿、表情、現象、関係性、コミュニティ…。そういったものを言葉でくくらずに、時空間で切り撮っていく。それが映像表現のひとつの醍醐味ではないかと思っている。だから、話しが聞きたい時も、キャッチな言葉を引き出そうとする“インタビュー”ではなく、普段と同じようにその人と“会話”することを心がけている。

9月10日より続いている田名埠頭での抗議行動は、少なからず私の内面にも大きな影響を及ぼしている。原発建設をめぐって、様々の思惑がうごめき、怒りや憤り、葛藤、不甲斐なさが、自分の中からも引き出され、迷路に迷い込んでしまったようだった。中国電力を相手に、必死に声をあげている島の人々の姿を目の当たりにすると、原発とは一体何なのか、そして島の人々が戦っている巨大な存在をどのように捉えればいいのか、途方に暮れていた。

しかし、今はあらためてこう思う。
私が祝島の人を通して描きたいものは、原発ではなく、島の人が育んできた生活であり、人間の“生”であること。前からそのことを思い続けてきたが、今は、この状況の中でなんとしてでも、それを貫こうという強い思いが自分の中で立ち上がってきている。私自身がこれから見出していきたい未来を、この祝島の人たちの生活の先に強く強く思い描き、祝島の人々が先祖代々、大切に紡いできた暮らしと、日常化された原発反対運動を、最後まできちんと撮り続けていこうと思う。


この映画をきっかけに知り合いになった方に、最近、こんな言葉をいただいた。

------------------------------------------

表現は答えを出すことではありません。

表現者は、月を映す鏡のような湖面にただ石を投げる者です。
その波紋が湖面の月を歪め、自己否定や自己批判に襲われることを覚悟したうえで
石を探し、握り、手を振りおろす、勇気のある人たちです。

------------------------------------------

この言葉を読んで、ハッとした。
表現とは、自分で生み出す、ということではないのだ。
考えてみれば、人が生み出せるものなんて、この世の中、なにもないのだ。
人間はすっかり色々なものを、自らの力で創造できる気になっているけれど…。
映画だってそうだ。私が作り出すのではない。私の中から出てくるものではない。既にそこに存在しているものに、ただ石を投げるのである。このことを決して勘違いしちゃいけないと、あらためて心に刻もうと思う。

枠で囲って、溜めたり出したりするものではなく、フタも底もないようなパイプのように、大きなものがそこを通り抜けていけばいいなと思う。

<2009年10月12日記>



ビワ袋かけ




  1. 2009/10/15(木) 07:54:02|
  2. 映画製作
  3. | トラックバック:0

他人事ではない自分の事

9月10日より始まった田名埠頭での中国電力によるブイ移送、設置の中止を求める抗議行動は、今も祝島とシーカヤック隊の人を中心に、24時間態勢で続いている。

  < 詳しくは、右記ブログにアクセス下さい → 上関原発最新情報

上関原発建設予定地となっている田ノ浦という小さな湾は、祝島からは目と鼻の先、その距離わずか4キロ先の場所である。自然海岸が2割しか残っていないといわれる瀬戸内海にあって、いまだ手つかずの海岸を残し、そこでは数々の希少生物が育まれている。そしてここは魚が産卵する藻場であり、豊かな漁場なのである。

祝島の人たちにとっては、原発を建設される以前に、この田ノ浦が埋め立てられることは、島で生活を続ける上で死活問題であり、これを何としてでも止めなければいけないという一心で、この27年ひたすら反対運動を続けてきた。島の人にとって、この海は何にも代えることができない、唯一のもの。その何代にもわたって営まれてきた暮らし、海と共に生きてきた誇り、海に生かされてきた感謝の記憶、漁師としての自尊心は、中国電力が提示する補償金などでは決して売ることはできないと、これまで突き返してきた。

今は、10月21日までの設置許可期限まで、仕事も家の生活も投げ打って、力を振り絞っての抗議行動が続いている。この27年間、頑張って反対運動を続けてきた今ここで、踏ん張らないでどうする!そんな島の人たちの声が聞こえてくるような気がする。

9月に私たちスタッフも、この抗議行動に同行させていただいた。そして中電が作業を中止した20日は、祝島小学校と上関小学校•中学校合同の運動会の日だった。祝島小の3人の子どもたちと応援団が清水丸に乗り込み、上関小学校へと向かった。

この運動会は、私がどうしても撮りたいと思っていたものだった。というのも、昨年、ひとりでこの応援団に加わって運動会に参加した時、まさにこれが“祝島人”という姿を目にして、おおいに感動したからだった。

運動場をぐるりと参観者のテントが並んでいるのであるが、祝島のテントだけ、その応援の気合いが全く違う。祝島の人たちときたら、とにかくものすごい声援なのである。島のこどもたちも、そのテントの前にさしかかると、明らかに走るスピードがアップする。いやいや、それだけではない。その応援が向けられるのは、島の子どもたちにだけではないのだ。かけっこの途中に転んでしまう子がいたりしたらもうたいへん、ヤンヤヤンヤの応援。それに応えるようにまた子どもは一生懸命走り始める。その応援団の中にいて、おかしくて笑えるやら、なんだか嬉しくて泣けてくるやら。周りのテントを見渡せば、自分の子どもを必死に応援する親の姿。普通は、それがごくごく当たり前の光景なのだ。

これが私の知る島の人たちの一面だ。決して、自分のことだけではない。自分の子どもだけではない。そして、私が知る祝島の人たちに、“無関心”という言葉はほど遠い。

もちろん、祝島にも様々な人がいる。原発を推進している人もいる。だから「祝島の人はこうだ」とひとつに括ってしまうようなことは決してしてはいけないと思っている。ただ、私の知っているこういう島の人たちが、今の祝島、そして反対運動を引っ張っている、ということは言えると思う。

OL時代のある出来事を思い出す。会社からの帰り道、電車に乗ろうとしたら、なにかトラブルが起きた様子。見れば、少し先の開いているドアから、横たわっている男性の足先がのぞいている。慌ててそのドアに近づいていくと、確かに中年の背広姿の男性が、車中に倒れている。そしてその光景をみて、唖然とした。ラッシュ状態の車内は、誰もなにもせずに、その横たわっている男性を眺めているだけなのである。ホームの遠く先から、駅員が走ってくる姿が見える。素人がヘタにさわっちゃいけないとでも思っているのかもしれないが、とにかくホームに降ろさなければいけないことは一目瞭然である。思わず車内に走り込み、その男性の肩を持って、足を近くの男性に持ってもらって、ホームに移動させた。走り寄ってきた駅員さんにお礼を言われた。

私はムショウに腹が立ってしょうがなかった。どうして、みんな何もしないのかと。目の前に倒れている人がいるのに、せめて腰をかがめて、様子をみようとする人が、なぜひとりもいないのか。

祝島では、こんなことはあり得ない。そして、あのホームに私の知っている祝島の人たちがいたら、一番に手を貸しているだろうと。

「愛の反対は、憎しみではない、無関心である」とは、自由学園在学中によく聞かされたことばである。目の前に起きていること、耳に聴こえてきたこと、そのことに反応するということ。自分の中に起きたその反応に気づくということ。それが、関心の最初の一歩と思う。

抗議行動が今、この時も続いている中、東京にいて思うことは、どれだけ島で時間を重ねても、島を近くに感じられるようになっても、それでも、島の人たちのこの27年の苦しみに到底自分は行き着くことはできないのだということ。それが本当に本当に悔しい。そんなことを今更ながら、痛切に感じている。

そして、その私ができる精一杯のことはなんだろう。
自問自答し続けている。



田ノ浦
<田ノ浦から見える祝島>


田ノ浦2
<田ノ浦>






  1. 2009/10/04(日) 20:20:44|
  2. 映画製作
  3. | トラックバック:0
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